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[ 子供と一緒にどこ行こう ] - [ 子供たちとのスキー記録(6) ]


2002年1月、このシーズンで初めて、天気に恵まれた日だったかもしれない。雪が降りしきるか風が強いか、はたまたその両方かとそれまでいいコンディションに当たったことがなかっただけに、自然と期待も大きくなる。
前回のスキーで、娘は滑れるに違いないと確信した私は、気まぐれスキーヤーの娘をいよいよデビューさせる日だと決めてかかった。そこでガンガン滑りたい長男の気持ちを抑えさせ、家族みんなで娘を滑らせようと提案した。長男には、「今日はミワ(娘)を滑れるようにしたいから、おまえも協力してくれ。滑れる時間はほとんどなくなっちゃうとは思うけど。おまえもミワにスキーの滑り方、教えてやってくれよ」というと、快諾してくれた。
10度前後の緩斜面が延々1キロ続く斜面にやってきた。自分で滑り出して止まれることはもうわかっている。あとはどうその気にさせるかだけだ。
斜面に立つと、とりあえず私が後ろ向きに5mほど下りた。その間妻が娘を押さえ、私が止まると娘の手を離した。「ほら、お父さんに向かって突っ込んでおいで」というと、娘はするするすると滑り出し、私に向かって滑ってきた。やがて私に近づくと板を三角にしてククククとスピードを落として、私に抱きつくようにして止まった。

案の定だった。

思い返してみれば、長男のときはこのような練習をたくさんやった。私が長男を引っ張りあげて、妻に向かって突っ込ませたのだ。これを繰り返して自ら滑るという意識を植え付けたともいえる。しかし、長男が滑れるようになってからというもの、私なり妻なりが長男と一緒に滑りに出かけてしまい、娘と一緒に残っているのはどちらかだった。
娘に対して二人がかりで教えたという機会をほとんど取ってやらなかった。娘のスキーに対する姿勢も気まぐれだが、一人残された親のほうも娘に気が向いたときにスキーを教え、気が向いたときにソリをしたりと、こちらも気まぐれで、本腰入れて教えてこなかったのではないか、と少し反省する機会でもあった。

案の定だったのは、板を三角にして力を入れ、私の手前で止まろうかという突っ込み方だったからだ。長男とこれをやったときには、それこそそのままのスピードで突っ込んできた。とにかく滑り出し、斜面による落下に身を任せたまま妻に体を預けていたのに比べて、娘は自ら止まろうという意識でそうしていた。
それは、前回のスキーのときに見た、「滑れる」と直感したそのものだった。

何度か娘を私に突っ込ませたあと、今度は娘が滑り始めると同時に私もするするすると後ろ向きに滑り始めた。それまで5m程度滑っちゃ止まり滑っちゃ止まりを繰り返していたものを少しずつ距離を伸ばしていこうと考えたのだ。
私は「もっとおいで、もっとおいで」と滑りながら手招きをする。娘はおっかなびっくりながらも私に向かってどんどん滑ってくる。私は娘が思いのほか滑って降りてくるので、止まらずに後ろ向きでどんどん滑った。結局、あれよあれよという感じで100m以上も滑ってしまった感じだった。
初めてこんな距離を滑った娘を抱えて止まった私の横に妻と長男が滑り込んできて、手を上げんばかりに大喜びしている。「滑れたよ!滑れたんだよ!!」と長男が娘に言う。娘はきょとんとしていた。

しばらく斜面で大騒ぎをしている妻と長男を横目に、娘は私に「滑るんだから早く滑って!」と涼しい顔をして言う。私は「よし!」と再び後ろ向きのプルークでゆっくり下り始めた。
娘の目は眼下に見えるレストランを見ているようだった。目標なのか、私はゆっくりゆっくり、それでも今度は止まることはせずにレストランへ向かう。その後ろを、娘が私に向かってゆっくりゆっくり滑ってくる。何しろ滑る速度は歩くほどに遅いので時間こそかかったが、それでも今度はレストランの前まで、数百メートルという距離を自分で滑ってしまった。

ゲレンデベースまでさらに数百メートル、これを滑ってクワッドリフトに乗った。家族全員が滑れるようになって家族全員で乗るリフト、みんなの表情はその日の天気のように晴れやかだった。


(12-MAR-2002 wrote)

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